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 フェアリーガーデン 

 フェアリーという存在は見える人には見えるらしい。しかし、その存在は確かなる証拠を見せない。
 深い自然の中のなにかが人間の心に影響して幻覚を見せるのだろうか?
 それとも実体をもったある存在、人間にとって未知の生命体なのだろうか?
 いずれにしてもフェアリーという存在はいにしえより多くの民族に語り継がれてきた。
 1917年、イギリスで起こった「コティングリー妖精事件」。少女達の周りに舞う妖精たちが写真に写ったのである。今ではその写真は偽造であったという意見が主流である。しかし、少女達が実際に妖精と会ったのか否かは少女達以外は誰にも分からない。


 海藤 咲(かいどう さき)と友人3人は、青緑色のワゴンの四輪駆動車で、夏のまばゆい緑に覆われた渓流沿いを上流に向って走っていた。
 咲は高校を卒業し、東京の理容専門学校に入校して2年になる。東京で親しい友人も出来た。みなアウトドア好きの友人で、よく一緒に湘南や奥多摩に出かけたりした。そんな友人に咲は故郷の美しい自然を見せたかった。それが今、こうして現実になっている。そのことがとてもうれしいのか、咲は助士席で渓流の水面の反射にまゆをひそめながら微笑みを浮かべていた。

 彼らはバーベキューのできる河原を探していた。しかし、どの道路沿いの河原もコンクリートの堤防に隔離され降りることが出来なくなっていた。
 「なんだよ咲、どこでもバーベキューできるといっていたのに、河原に降りれそうじゃないじゃん!。」
 自動車を運転している明(あきら)がそう言うと、咲は困ったように眉間にシワを寄せて言った。
 「昔はどの河原も降りれたのに、あたしが東京に住んでる間に変わっちゃたわ。」
 「なんだそれ。河原では無理か。それじゃあどこでバーベキューしようか?、キャンプ場もなさそうだし。」
 「そうねえ、そうそう、閉鎖したゴルフ場なんてどうかしら?。」
 咲の提案に友人たちは目を合わせながら言った。
 「ゴルフ場?。」
 「そうよ、あたしが高校生のときに閉鎖しちゃったの。」
 「咲ちゃん、そこに入れるのかい?。」
 浩志(ひろし)が訊ねた。
 「大丈夫よ。閉鎖した後だれも管理しなくてそのままのはずよ、ひろーい芝生の真ん中でバーベキューできるわよ。」
 「ゴルフ場でバーベキューなんておもしろそう。」
 亜由美が嬉しそうに言った。
 彼らは、咲の案内で渓流沿いの道路からそれて林道に入った。林道沿いの杉はだれも管理していないためか、下枝も伸び、昼間でもうっそうとしていた。
 しばらく林道を走ると杉林も終わり2車線の広い道路に出た。その道路をしばらく行くと右側に「夜風カントリークラブ」と書かれたさび付いた看板が立っていた。3メートルほどの高さの看板の裏側のゴルフ場に通ずる道路を通り、咲たちはゴルフ場に着いた。
 ゴルフ場には彼ら以外の人影は一切無く、深い緑色の森に囲まれた、若草色の美しい芝生が広がっていた。ちょうど芝生の真ん中辺りに小高い松の木が4,5本立っていて、涼しそうな日陰をつくっていた。

 ゴルフ場に着くと、明と浩志はバーベキューのセットを自動車から降ろし、松の木を目指した。明たちから十歩ほど遅れてパラソルといすを持った咲と亜由美が、心地よい山間の風を満喫しながら歩いていた。
 亜由美は咲に訊ねた。
 「ねえねえ、こんなにすてきなゴルフ場がどうして閉鎖しちゃったのかしら。」
 「よくわからないけどね、なんでもキャディさんや従業員が辞めてしまって、その後も集まらなかったらしいのよ。」
 「どうして?」
 「キャディさんがみんな仕事中に倒れちゃって、それでその後にキャディさんを新しく雇っても、みんな倒れちゃったのよ。」
 「なになに、何かの病気?熱中症とか。」
 「それがちがうのよ、原因不明の吐き気や頭痛におそわれたらしいの。それもひどくて、プレイする人も気分が悪くなる人がいたらしいけど、主にキャディさんや芝生を管理する人たちだけに現れた症状らしいの。それでそのことが噂となって、募集してもだれもこなくなっちゃたの。」
 「そんなところで私たち大丈夫なの?」
 「大丈夫よ。だってあたし達、ずうっとここにいるわけでもないし、バーベキューする間でしょ。気分が悪くなればすぐに帰ればいいのよ。それにもう昔の話よ。」
 彼らは、青々とした芝生を踏みながら松の木陰に向った。
 この時はまだ彼らは自分達が踏みつけている芝生の異常さには全く気付かなかった。永年放置されたこのゴルフ場の芝生。本来なら雑草に覆われるはずであるが、そこには雑草が一本も生えていないのだ。

 松の木陰に入ると彼らはバーベキューの準備を始めた。明はコンロの下の芝生をスコップで掘って取り除き、炭を焚き始めた。
 火をたいてしばらく後、にわかに空が曇り始めた。
 「雨が降りそうよ、どうしましよう。」
 「すぐには降らないわ、でも早くしたほうがいいわね。」 
 咲は慌てて、食材を並び始めた。
 「そうあわてんなよ。大丈夫さ。」
 明がそう言ったとたんに、彼の額に水滴が当たった。
 「あ、あれ、雨?そんなあ。」
 明が空を見上げるとパラパラと雨が降り始め、やがて大粒の激しい雨になった。彼らは食材に慌ててシートを掛けパラソルの下に避難した。
 「あーあ、なにこれ。」 
 「もう最悪!」
 しばらくして雨が止むと今度は夏の強烈な日差しが降り注いだ。その日差しによりゴルフ場一体は蒸し暑くなっていた。
 「なんかむんむんしない。普通雨の後って少し涼しいよね。」
 「なんか蒸し暑いわね。」
 「おい、バーベキューどうしよう。乾くの待つか。」
 明たちがバーベキューのことで話し始めると、咲はあたりに漂う匂いを感じた。 
 「ねえねえ、何か匂わない?」
 「そういえば何か匂うな。なんだろう?。」
 「これ、干したシイタケのような匂いね。」
 亜由美が鼻をクンクンさせ周りを見渡した。
 その匂いはゴルフ場全体から感じられた。足元の芝生から出ているようだ。
 「なんかおかしな匂いはするけど、嫌な匂いじゃないよな。山の匂いなのかな?」
 明がぬれた炭を入れ替えるため箱から炭を取り出そうとしたその時だった、4人の中に手のひらほどの大きさの何かが飛来してきた。それはアゲハチョウのような羽をパタパタさせて4人の間を舞い始めた。その飛来してきたものに4人は驚愕した。アゲハチョウのような羽を持つそれは金髪の長い髪の毛を腰までたらし、緑色のドレスを風にたなびかせ、赤い靴をはき、まさに童話に出てくる妖精そのものだった。
 「おい、これはなんだ?」 
 「こ、これって、妖精なの?」
 「おいおい、妖精って、なんだなにかのいたずらか?」
 「なに言ってるの、これ妖精なのよ。」
 「お、おい、やはりみんなにも見えるのか?ゆ、夢じゃないんだよな。」
 彼らが騒いでいると妖精らしきものは咲の前に飛んで来て言った。
 「あなたたち、雨で食卓がだいなしでがっかりね。わたしがこの庭でしか味わえないすばらしい料理をご馳走するわ。わたしの後について来なさい。」
 「しゃ、しゃべった。」
 「ついてきなさいって、おい、咲、どうすんだよ。」
 「行ってみましょうよ。なんか妖精のお誘いって楽しそうよ。」
 「なに言ってんだよ、そんなもん信じれるかよ。」
 「ばかねえ、目の前に妖精がいるのよ。あたしある本の写真で見たことがあるわ。少女の周りを妖精が飛んでいるのよ。この妖精さんとそっくりなものが。」
 「あの写真ってニセモノだったんだろう。」
 「これは本物よ。感激、本物の妖精さん。大丈夫よついて行きましょうよ。」
 咲は興奮していた。亜由美は騒然としながらも、カメラを自動車に忘れてきたことを後悔していた。明と浩志は怪訝そうな疑いの目で妖精を見ていた。

 咲たちは妖精の後について行った。しばらくするとゴルフ場を囲む森の手前についた。森の手前に着くと妖精は森に向って言った。
 「みんな、食事にしましょう。今日は始めての人間のお客さんよ。」
 すると森の中から多くの妖精達が現れた。その数は100を越えている。種類もいろいろで、アゲハチョウのような羽をもつもの、ガのような羽をもつもの、こうもりのような羽をもつもの、そして芝生からはまるでシンデレラ姫の話に出てくるような、いろとりどりな三角帽子をかぶった妖精たちが、まるで芝生から生えてくるかのように現れた。まさに童話の世界そのものだった。
 「なんて美しいの。」
 「妖精って本当にいたのね。」
 咲と亜由美は色とりどりな妖精たちを見て思わず感嘆の声を上げた。
 三角帽子をかぶった妖精たちはきのこを一本ずつ持っている。三角帽子の妖精たちは咲たちの周りを囲むと、一人一人にキノコを差し出した。 
 咲たちをここへ案内した妖精が言った。
 「ここはフェアリーガーデン。私達の社会。ここのキノコは最高のものです。私たちは今まで多くの動物をこの食卓に迎えました。タヌキ、キツネ、リス、でも人間は初めてです。とてもうれしいです。だって、あなたたちは動物たちと違って私たちと会話できるのですもの。」
 「これが食事?。」
 「そうです。そのまま食べてみてください。お好きな色のをおとり下さい。」
 咲は妖精たちが持っているキノコを見回した。どれも半透明で、ピンク、赤、青、黄色、緑といろいろな色のものがある。咲はピンク色の10センチほどのキノコを取った。
 「おい、咲、た、食べるのか?。」
 明は咲を制止しようとしたが、咲はキノコをほおばり始めた。
 「おいしい。なんておいしいの。こんな味はじめて。」
 咲がそういうと妖精が応えた。
 「このキノコはあなたたちの味覚の中で一番の好物の味を出すのです。」
 「わたしも食べてみよう。」
 妖精のその言葉にひかれ、亜由美もキノコを食べ始めた。
 「おいしい!生クリームのようにやわらかい最高のクリーム。夢みたい。でもこれって夢じゃないのね。」
 「夢だよ、これは夢のなかだよ。だからてべても大丈夫さ。」
 浩志もそう言いながらキノコを取った。
 「おお!キャビアのよう!。一度しか食べたことはないが、忘れられないあの味。おじさんのロシア旅行のお土産以来だ。おい、明も食べてみろよ。」
 「おい、おまえらなに考えてんだ!おれらはあるはずの無いものを見てんだぜ!そんなもん食えるか。こいつらはキツネかタヌキだぜ。だまされるなよ。」
 「ふうー、明、あなたそんな昔話信じてるの?」
 亜由美がそう言うと明はむっとして言った。
 「なに、妖精のほうがよっぽどばかげているぜ。おれは信じないぜ。こんなもの。」
 明がそう言いながら妖精たちをにらめつけると、妖精たちは一瞬たじろいだ。そしてあの咲たちを案内したアゲハチョウのような羽の妖精が言った。
 「そこの男の子。私たちが見えているでしょう。なぜ信じられないの?。それとも私たちの好意を受け止めれないの?」
 「アホ!、これは夢だ。おれたちはきっと今、木陰で昼寝してんだ。それで夢見てるんだ。なにが妖精だ。アホ臭い。」
 「残念ね。あなた一人のためにこの食卓はだいなし。でもいいわ。私たちはあなた以外の3人の人間とあえたもの。これから私達も楽しませてもらうわ。」
 アゲハチョウのような羽の妖精がそう言うと、妖精達はフーと消え始めた。妖精達が消えるとそこには色とりどりのキノコだけが残っていた。
 「明!なんてことしたのよ。」
 咲が明に怒鳴りつけた時、彼らは辺りはすでに夕暮れになっていることに気付いた。
 「うるせえなあ。見ろ、夕方になってしまったじゃねえか。おれらはまぼろしを見てたんだぜ、この暑さでおかしくなってるだけさ。そんなことより早く帰ろうぜ。」
 しかし、その瞬間、夕暮れの空は暗黒に変わり、4人はその場に倒れ意識を失ってしまった。
 
 翌朝、太陽が芝生の上に倒れている4人のほほを照らし、明はそのまばゆいひかりに目を細めながら起き上がった。しかし立ちくらみがしてその場にうずくまってしまった。強烈な頭痛と吐き気が彼を襲っていた。
 明は昨日のことを思い出し周りを見渡した。周りには咲たちが倒れている。
 「さ、咲、浩志、亜由美、おい起きろよ。」
 しかしだれも反応しなかった。
 さらに辺りを見渡すと異様な光景が明の目に飛び込んできた。
 彼らの周りに赤色のキノコが散乱している。それは昨日のキノコとは違っていた。どれも赤色に黒のまだら模様のキノコである。そしてさらにその周囲には、大きさはキツネほどの白骨化した動物の死骸が10体ほど散乱していた。
 「まずい、このままではおれたちは死んでしまう。」
 明は起き上がろうとしても起き上がれなかった。
 「そうだ携帯。」
 明は腰につけてある携帯電話を取り、レスキューに電話しようとした。
 「な、なに圏外?たのむ何とかか掛かってくれ。」
 携帯電話のアンテナを伸ばし、方向を変えて何度か掛けてみた。そしてなんとかレスキューに連絡が取れた。電話が通ずると明は安心したのかその場に倒れてしまった。

 人々のざわめきで明は目を覚ました。そこは病室であった。病室には咲達も寝かされていた。咲の周りには咲の家族らしき人達が囲んでいた。そしてその中の母親らしき人が明に気付き声をかけてきた。
 「あら、目が覚めたのね。今、看護婦さんを呼ぶわ。」
 「あのう、ここは。」
 「病院よ。あなたがもしかして明君?。」
 「そうです。」
 「あなたのことは、以前、咲から聞いているわ。もう咲ったら、昔からあのゴルフ場には行かないように言っていたのに仕方ないわね。」
 「あのう、あのゴルフ場はなんなのですか?なにかあるのですか?」
 「立ち入り禁止になってたはずよ。でも看板が倒れていたので見えなかったのね。」
 「立ち入り禁止だったんですか。」
 「あのゴルフ場は危険なのよ。」
 「危険って、どういうことですか?」
 「実はあそこにはねえ、以前、芝生用に強力な除草剤が使われたのよ。でもその除草剤にはねえ。なにかしら、あったらしいの。」
 「強力な残留性があったんだよ。」
 突然、30歳ほどの男が話しに割り込んできた。
 「咲の兄です。おれはこの町の役場の観光課に勤めているんだ。」
 「咲さんのお兄さん。ど、どうもはじめまして。」
 「こっちこそ。はじめまして。....ところでさっきの話だけど、以前あのゴルフ場でキャディさんが集団で倒れたことがあってね、その時、鑑識のゴルフ場の調査に立ち会ったことがあったんだ。そのときの調査で分かったのだけど、あのゴルフ場、周りの環境のためか異常に雑草の進入がひどくて、いつも大量の除草剤をまいていたんだ。その除草剤が土中に残留していて、晴れの日にはそれが気化してガスとなり、強力な中毒症状を起こすのさ。キャディさん達の事件以来、その除草剤は生産中止になったが、閉鎖して3年過ぎても今なお残留しているらしい。
 明君、あのゴルフ場、放置されたままなのに雑草がほとんど生えていないことに気付かなかったかい?。まるでだれかに管理されているかのように。」
 「そういやあ、閉鎖されているとは思えないような。」
 「強力な残留性のため今でもゴルフ場には芝生以外の草は生えないのさ。」
 「そ、そうですか。それでおれ達その農薬であんな幻覚を....」
 「明君、通報してくれたのは君かい?。」
 「あ、そうです。」
 「ありがとう。あのままだったらみんな死んでたよ。君のおかげで咲達も助かるそうだよ。君らの周りにはキツネやタヌキの死骸が沢山あってね、どうやら君らが倒れていた辺りが一番ガスが濃かったようだね。」
 「そうだったんですか。あ、あのうところで咲さんは、他のみんなは大丈夫なんですか?」
 「ああ、まだ目を覚ましていないが、意識は回復するとのことさ。ただ、明君以外はみんな毒キノコの中毒症状がでていてね。咲が毒キノコを食べるなんて考えられないけど、都会の生活でそういう感覚が失われたんだろうかね。」
 「毒キノコ.....。」
 明はベットに寝ている咲、亜由美、浩志の顔を見渡した。そして思った。
 ”もし救出されなかったらおれ達はあの場所で動物の死骸のようになっていたのだろうか?。なにかがおれ達を死なせようとした。もしかすると森になにか肉食のものがひそんでいるのだろうか?。それとも芝生の中にでも?。
 おれ達は単なる農薬の中毒になっただけではない。みんな中毒症状で意識がもうろうとしていて妖精を見たのだろう、しかし、あのゴルフ場にはなにかが住んでいるような気がする。もしかしてあの妖精は幻覚ではなかったのかもしれない。きっと芝生か森にはなにかが潜んでいるんだ。咲にも浩志にも亜由美にも感じた、そしておれにも感じたなにかが、おれ達をあの場所へ連れて行き、死の食卓へ招待したのだ。”
 明には妖精が言ったあの言葉が脳裏に残っていた。
 ”これから私達は楽しませてもらうわ。”