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 星間連絡艇 

  2040年、太陽系の諸惑星に進出した人類は、宇宙空間でタキロン粒子の存在を発見し、宇宙においての利用が研究され始めた。
 タキロン発見から40年後、人類史上初めての光速を越えた宇宙船が太陽系外に発射された。
 長さ200メートルの巨大なタキロン宇宙船の形態はその極限を越えた推進力のためアーモンドのような形をしており、表面はこげ茶色の合金で覆われていた。その姿はまるで宇宙をさまよう巨大な種子のように見えるため、宇宙船は「地球の種子」と言われた。太陽系外への人類進出となる「地球の種子計画」が始まったのである。
 
 最初の「地球の種子」には、他星系へ開発移住するための調査として10人の乗組員が乗船、月よりケンタウルス星団に向けて発射された。その目的は、星団内を探索し、人類が移住できる可能性のある場所に移民用のコロニーを建設することである。

 「地球の種子」発射から2年後。
 「地球の種子」より地球に向けて発射された連絡カプセルが火星付近で回収された。そこには一通のメールデータと美しいケンタウルス星団の画像が入っていた。そしてメールは次のように書かれていた。
 ”ついにわれわれ人類は新しい世界に到着した。
 ここはすばらしい世界である。資源も無尽蔵に眠る。この地は多くの人類の到着を待っている。
 われわれは次の「地球の種子」を受け入れる準備ができた。星間連絡艇の派遣をお願いする。われわれにはもっと協力者が必要である。
 地球の種子船長ロバート・パーク”
 人類はこのメールを受け、すぐに「地球の種子2」の準備にかかった。「地球の種子2」は星間連絡艇として移民コロニーへのルートを開拓するための人類史上初めての太陽系外への連絡艇である。

 レイ・ユキハラは火星で宇宙線や彗星からのウィルスによる疾病の予防のため、宇宙医療に従事している若い医師である。
 レイのもとに「地球の種子2」への乗船依頼が来たのは、彼が休暇にフィアンセのジェシカ・テイラーと火星の北極探索旅行から帰ってきたときであった。
 その依頼とは、「地球の種子2」が光速を越えた時の人間の生理の変化の詳細を調査することである。
 通常、乗組員はカプセルの中で目的地到着まで睡眠状態に入る。その間は脳や筋肉に刺激を与え、異常な生理現象が起きることを防いだり、筋肉が衰えないようにしている。レイは光速を越えることでカプセル内の人間や、その生命維持のためのカプセルに影響がでないか調査するために、地球の種子2に乗船、睡眠から、他の乗組員より一足先に覚めて、睡眠状態にある乗組員のさまざまなデータを記録するのである。記録した後は再び睡眠に入り、目的地到着後は太陽系への帰還便で戻ってくるという往復3年の路程である。
 ジェシカはその話を初めて知った時、乗船に反対したが、レイが少年時代より太陽系外での活躍を夢見ていたことを知っていたので、その夢をかなえてあげるため結婚を延期し、3年間待つことに同意した。
 レイは、寂しそうな顔をしながらも微笑みを浮かべうなずく、ブロンズ髪で透き通るような青い目と白い肌の美しいジェシカの姿をデジタルカメラに収た。そしてレイが船内の状況を連絡するための連絡カプセルを地球に送るときは、彼自身の元気な画像とともに先に撮影したジェシカの画像も一緒に添えて送ることを約束した。

 2ヵ月後、レイを含む30名の乗組員は地球の種子2に乗り込んだ。地球の種子2は月より発射された。月のコロニーにはジェシカも駆けつけたが、すでにレイは3日前より睡眠状態にあったため話をすることはできなかった。 
 
 地球の種子2が発射されてから9ヶ月後、レイは予定通り睡眠カプセルの中で眼を覚ました。睡眠中は脳への特殊な刺激により、実生活と変わりない体験をしていたので、 今まで眠り続けていたことは実感になかった。 それでも火星の生活から一瞬にして宇宙艇内の無機質な空間の生活に移ったことを理解し、意識をしっかりとさせるまでには一日掛かった。
 太陽系より数光年はなれた宇宙空間、外部の様子を全く伺うことのできない地球の種子2の厚いシェル中で、レイは液晶に浮かびだされる乗組員一人一人の脳波や心電図などのデータを観察した。
 黒い壁の中で青白いライトに照らされた空間は孤独であった。船内には酸素を循環させているダクトの音が響いていたが、それ以外は音は無く、一時的にダクトが止まると船内は静寂に包まれた。
 レイはその孤独を間際らすためデジタルカメラに収められたジェシカの画像を見ながら火星での生活を思い出していた。

 レイが眼を覚ましてから一週間ほど過ぎた。
 レイは必要なデータが集まったので目的地到着まで睡眠状態に入るための準備を始めた。
 一週間の調査で光速を越えた状態でも、この頑丈なシェルの中では人間に数値上では異常をきたさないことが確認できた。
 後は目的地到着後、乗組員の心理状態の確認が残っているだけである。
 レイは安堵感からか、いつしか孤独な思いは消え、睡眠カプセルが、恋しい火星のコロニーのように感じた。 しかし、カプセルを開けようとしたその時だった。レイは背後に何かが通り過ぎていく気配を感じた。この無機質な空間の中で目を覚まして活動しているのは自分一人しかいないはず、だが、確かにだれかがいる気配を感じたのである。
 レイは辺りを見回した。すると、乗組員達の脳波が異常な興奮状態にあることに気付いた。レイはすぐ近くの乗組員のカプセルを覗いて見た。その乗組員は眠りながらも涙を流している。その隣のカプセルも、そしてその隣のカプセルも、ほぼ全員が脳波に異常な興奮をしめしている。光速を越えたこの船内でなにかの異変が起きているのだ。
 レイは再び背後になにかの気配を感じ振り返った。
 青いライトに照らされた空間に何かいる。それは浮かびながら移動する白い光。大きさはサッカーボールほどのであったが、次第に光は強くなり、徐々に形が変わり、やがて人のような輪郭を作り、人の姿を映し始めた。最初は白い光に包まれた人がおぼろげに見えていたが、やがてそれははっきりと見えるようになってきた。5,6人ほどの人が空間に浮かび、移動しては消えて、再び違う空間から現れた。そして彼らはレイに話し掛けてきた。
 「待っていたよ。ごらん、私たちの数は少なすぎる。もっと仲間が必要だったのだ。」
 レイはすぐに彼らの正体に気付いた。彼らの顔に見覚えがあったのだ。
 「ロ、ロバートさん。あなたは船長のロバート・パークさんですか?。」
 硬直しながら尋ねると、彼らの中の船長らしき人が応えた。
 「ああ、私はロバートだ。君にはわれわれが見えるらしいな。君は光速を越えた空間にいるので、光よりも早く動くわれわれが見えるのだな。」
 「ロバート船長、なぜここに、あなたたちはケンタウルス星団におられるのでは?」
 「そう、われわれは到着した。だからここにいるのだ。」
 「あなたたちはどこに到着したというんですか?。」
 「この星団。美しいこの空間。ここには苦悩が無い。体の全ての苦しみから解放される。すばらしい。でもここは広すぎる。そしてわれわれは数が少なすぎるのだ。」
 「あなたたちはどこに、一体どこに到着したのですか。」
 「人類が求めていた場所。すべての苦悩の無い場所。もう未知の宇宙線や彗星にひそむウィルスを恐れることはないのだ。すべての宇宙病から開放され、全ての苦痛から開放される。」
 「この宇宙艇が向う先に何があるんですか?。なにが起きたのですか。」
 「これから君達も体験するだろう。人類が到着したことの無かった未知の宇宙空間。睡眠している者達はそこで目を覚ますのだよ。もう変化が始まっている。君達の変化は光速を超えたときから始まったのだ。」
 「体験する?なにがこの先にあるというのですか?ケンタウルス座には到着しなかったのですか?」
 「われわれは到着した。われわれはそこに住んでいる。われわれは君たちを歓迎している。この美しい星域、ここはすばらしい世界だ。われわれは宇宙船がなくとも、頑丈な宇宙服がなくとも、自由に宇宙空間を光速で移動できる。しかしわれわれは孤独なのだ。もっともっと多くの人がここに住まなくては。だから君達を呼んだのだ。」
 レイは思った。人類が光速を越えるのが早すぎたのかもしれない。そこは人類に想像できなかった世界だったのだ。そしてそこに先に到着した彼らはある変化をとげた、それは宇宙が人類に与えた進化なのか、それとも死なのか、いずれにしても彼らはそこが人類の目的地であることを信じ、そこにもっと多くの人を呼ぶためメールを地球に打ったのだ。彼らはそこに 「地球の種子」 出発時の目的である人類の移住先の開発を実現しようとしているのだ。
 しばらくすると彼らの中の一人が近付いてきて言った。
 「もっと多くの人を呼ぼう。次の星間連絡艇の発射を依頼しよう。開拓にはもっと多くの人が必要だ。さあ君、メールを打ってくれ。」
 「あなたがたの住む場所に呼ぶというのですか?。」
 「そうだ。それが君たちの目的だろう。われわれに地球政府は約束したのだ。われわれが到着した後は必ず連絡艇を派遣し、地球や火星から多くの移民を送ると、だからわれわれは宇宙艇が光の粒子に分散した後もこの星域を開拓し待っていたのだ。」
 「光の粒子に?そんな、タキロンは夢だったのか?人類に扱えないものだったのか?人間の肉体は、そして船は光速に耐えられなかったのか?」
 「さあ、メールを打ってくれ。」
 「....」
 レイは言葉に詰まった。彼らはただ「地球の種子」の目的である移住計画を遂行しようとしているだけなのだ。彼らがこの光速を越えた空間で何を体験したのかは分からない。今、彼らは肉体から開放された存在となっている。いや、存在そのものが光となったのかもしれない。やがてそれをレイも体験するだろう。
 この「地球の種子2」は目的地までは完全自動飛行であって、その解除はできないようになっている。目的地に到着するまでは推進方向の変更はできないのだ。打ち放たれた弾丸のように引き返すことはできないのである。
 レイはしばらくうつむき考え、そして決心した。
 「分かりました。すぐに地球にメールを打ちましょう。」
 レイは連絡カプセルを地球に向けて発射するため、コンピュータの液晶モニターの前に座った。そしてデジタルカメラに収められたジェシカの画像をコンピュータに転送しながら心の中で言った。
 「ごめんねジェシカ。ぼくは火星に帰れそうもない。」
 レイはメールを打ち始めた。
 レイはキーボードを打つ指先に、砂の中できらめく雲母のように小さな光が覆い始めていることに気付いた。そして指先から心地よい暖かさが体中に流れるのを感じた。

  ”人類はまだ光速を越えてはいけません。星間連絡艇は送らないで下さい。私達を宇宙開発史の最後の犠牲者として下さい。”
 ”私のフィアンセ ジェシカ 君との約束は果たせなかった。でもぼくは遠い宇宙で生きている。心配しないで。君は君の世界で幸せを掴んで欲しい。
 愛してるよいつまでも。
 太陽系に最も近い星団にて。君のフィアンセであったレイ・ユキハラ。”

 レイは自分にデジタルカメラを向けて写真を撮った。そしてその画像を、ジェシカの画像と共にメールに添えて地球に向け、連絡カプセルを発射した。

 1年後、「地球の種子2」の連絡カプセルは太陽系に突入し、減速し始め、木星付近で回収された。
 しかし、そのカプセルのメールのデータは何者かに消去されていて、入っていたのは2つの画像データのみであった。
 一つはジェシカの画像、そしてもう一つはケンタウルス座の星団を背景に、宇宙空間の中に白い光に包まれ浮かぶレイの画像であった。
 その画像は火星のジェシカのもとに届けられた。ジェシカはその画像を見て、レイからのメッセージを感じた気がした。そして、その美しい瞳に涙にじませながら言った。
 「レイ、あなたは今ではわたしの届かないところに居るのね。でも、レイ、私はあなたを愛しているわ。この思いは変わらないわ。」

 「地球の種子2」以降、研究者達はレイから送られた画像を解析し、タキロンは人類にとってはまだ扱えないものとされ、星間連絡艇の発射と太陽系外の開発計画は一時凍結されることになった。
 そして「地球の種子計画」で行方不明になったレイ達40名は宇宙開発史上の偉大な犠牲者として表彰された。
 レイは幼い頃からの夢であった宇宙開発史に名を残したのである。